はくばの下手な絵

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    白馬岳のハグバとシロウマ。シロウマだと主張され始めるのは大正に入ってから多くなっているようだ。
    同じ学者でも、明治の後半に、『地元の人の言うハクバが正しい』と書いているのだが、同人が何故か大正になってから、白馬にシロウマのフリガナを振ってあるのは何故だろうか?良くわからない。
    この頃から文化人や学者を中心にシロウマと言う言い方が多くなっている気がする。
    代馬山もしくは、代馬岳(シロウマダケ)と言うのは現在の小蓮華をそう呼んでいた。こう言う事は、地元の歴史家含め何人かが書いている。
    春の田んぼの代掻きの目安にしていた本当の代掻き馬が出るのは小蓮華だから、この山をそう呼んだとしてもおかしくはない。
    代馬(しろうま)だったのが、間違えて白馬と書かれて以来、白馬になったと言うストーリーは後から作ったもので、実際には代馬山(現在の小蓮華)と白馬岳の両方が存在する(していた)と僕は考えています。調べても代馬岳の記述が出て来るのは小蓮華にしか出てこない。
    さて、では現在の白馬岳に関して、江戸や明治の先人はこの山をどう見て、はくばだけと名付けたのだろうか?
    馬と共に暮らして来た人は山に駒ヶ岳など馬に関連した名前を付けています。白馬もそうです。
    単なる駒が岳などでなく、なぜ先人がわざわざ白馬嶽または白馬山(はくばさん)と言ったのか。それは白い雪のある山を白馬に見たてていたからです。黒い岩の形で馬を探したのは後からの事。
    では、どうやって見たらハクバに見えるのかって?このへたな絵を見て下さい。
    実は大きな白馬が白馬村の山にいるのです。
    白馬に来て見て頂ければ、僕のへたな絵よりも確実に分かって頂けるはずです。白馬の山の写真と言えば白馬三山が多いですよね。これでは白馬の背や尻尾が切れてしまう事が多い。
    これからは是非、白い白馬にいかにして見えるか?そういう写真を撮ってみて下さいね!
    馬の頭から背にかけての曲線、なびく尻尾。そして白馬沢は走る馬の脚を表す。また、手前にある大日向山と岩岳山は奥にある白馬岳を馬に見せる様に演出してくれています。
    先人達は家族のように馬を大切にし、毎日撫でるように可愛がっていた。
    同じく、白馬の山の曲線を撫でる様に見て見ましょう。本当の白馬岳の大きさと先人達の深い思いが伝わってくる様な気がします。そして、はくばと言う素晴らしい名前を付けてくれた事に感謝しています。
    高くそびゆる白馬山。
    はくばの写真。僕もこれから沢山撮りたいと思います。


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